湯峰温泉は“よみがえりの湯” その1

昨日まで和歌山県の湯峰(ゆのみね)温泉に行っておりました。

ここは宇賀神先生が惚れ込んで14年以上通い続けている温泉です。

本当は東北にはもっともっと強い氣に溢れた火山性の温泉があるのですが、関西には先生のお眼鏡にかなう温泉がなかなかありません。

もはや信仰と申し上げてもいいほど温泉や湯治の効果を信じていらっしゃる先生としましては、大阪に住まれていて唯一残念に思われている点です。

そんな中、ここ湯峰温泉だけは強い氣と申しますよりは、霊泉と呼ぶにふさわしい温泉で、宇賀神先生が通っておられます。

 

この湯峰温泉はとても小さな温泉街で、一本の道をはさんだ両側に何軒かの温泉旅館や民宿が建っています。

ですが歴史は古く、平安時代にはすでに貴族達が行列をなして熊野詣をするために、ここで湯垢離(ゆごり・温泉で俗世界のけがれを落とすこと)をしたそうです。

そして現代でも、熊野古道とともに世界文化遺産に登録されまして以来、海外からも観光客やバックパッカーの方達が訪れる有名な温泉地となりました。

湯峰温泉の中で一番有名ですのが、なんと申しましてもこの「つぼ湯」です。

tuboyu
つぼ湯

 

これは貸し切り専用の公衆浴場で、小さな小屋が川面と同じ高さに建てられています。

その中に2人で入りますのが精一杯な程の小さな小さな、それこそ「壺」のような岩の湯舟が地面に掘られています。

温泉は湯舟の底から湧いてきます。

やはりとても人気があり、人の多い休日などは2時間待ちにもなります。

 

この湯峰温泉には小栗判官(おぐりはんがん)の「よみがえり伝説」が伝わっています。

小栗判官が毒殺されたのを哀れに思った閻魔大王が蘇らせてあげたものの、小栗判官は餓鬼(がき)の姿になってしまいます。

恋人の照手姫(てるてひめ)が彼を大八車に乗せ、遠い遠い道のりを引いて熊野まで連れて行き、湯峰温泉で49日のあいだ彼をつぼ湯に入らせました。

そして49日後、見事彼を人間の姿に戻しました。

今から600年ほど昔の話だそうです。

 

「よみがえり」とは、“蘇り”と書きますが、“黄泉がえり”とも書くのですとか。

小栗判官は黄泉の国から、照手姫の愛により、無事に帰ってくることがでしました。

 

ここ湯峰温泉は、宇賀神先生と私の感覚ですが、どこか黄泉の国につながっているとも申せますような、不思議な感覚のある温泉です。

霊泉と申しましたのは、そのためです。

どこか陰影があり、めちゃくちゃに明るい温泉地という訳ではありませんが、もちろん怖い暗さではありません。

他のところで、もう少し暗い場所も世の中には色々とございますが、それらのように「あんまり近づきたくないなー」というような感覚は、ここにはございません。

もちろん宇賀神先生も私も、湯峰温泉が大好きです。

ここの駐車場に着いて車のドアを開けましたとき、川のせせらぎの音と、温泉の匂いを感じます。

その瞬間、とても懐かしいような思いにとらわれ、

「ああ、帰ってきた。」

と、いつも思います。

 

そして実は小栗判官伝説よろしく、宇賀神先生もある意味また、この湯峰温泉で人生最大の危機からよみがえりました。

 

そのお話は、また明日に。

 

合掌

 

 

 

うやむやのうちに、なかったことに! その2

2014年のゴールデンウィークのことです。

ぴーちゃんがうちに来ます2か月ほど前、私は風邪をこじらせてしまい、咳喘息(せきぜんそく)という、お医者様いわく「喘息の亜系のようなもの」になってしまいました。

 

いつものようにゴールデンウィークは宇賀神先生と一緒に東北の方へ湯治に行き、温泉に入って氣を取るはずでした。

それが、出発直前になりまして私がひどい風邪を引いてしまい、とてもじゃないですが800kmほどもサンダース号(うちのキャンピングカーです)を運転するのが難しくなりました。

ですが、先生にはちゃんと湯治して氣を取っていただかないと、やはりお身体にさわります。

ですので、申し訳ないですが先に一人で飛行機で行っててもらって、風邪が治りましたら後から追いかけます、ということをお願いしました。

私にとりましては、宇賀神先生に温泉に行って氣を取っていただくことは最優先事項でした。

 

宇賀神先生が出発なさり、私は病院で風邪薬をいただいて家で寝ていましたが、なかなかよくなりませんでした。

そして2~3日後には、一晩中ひどい咳が出て、寝られないほどになりました。

翌日病院に行きますと、「咳喘息です」と伝えられました。

 

お医者様は、咳喘息は普通の喘息のように一生ものの病気ではありませんが、数か月あるいはもう少し続くと思ってくださいとご説明なさいました。

そしてステロイドの入った吸入型のお薬をくださいました。

お薬を服用しますと、ウソのように咳が楽になり、その夜はぐっすりと寝ることができました。

もちろん素晴らしい効き目のお薬にはとても感謝しましたが、と同時に、これほどまでによく効くステロイドは少し怖くもありました。

 

咳喘息になってしまい、身体もしんどかったですので、私は結局ゴールデンウィークはずっと家で寝ておりました。

宇賀神先生が帰ってきてくださるのが待ち遠しかったですね。

 

宇賀神先生が東北から帰ってこられ、それから毎日のように喘息もケアしてくださいました。

ご病気の方が、宇賀神先生の手から出る氣が気持ちいいですので、「先生の手だけ持って帰りたいです」とおっしゃってくださるお気持ちが、よーく分かりました。

 

お医者様は咳喘息を治すために、ステロイドの入った吸入型のお薬を、段階を経ながら少しずつ軽いお薬にして、回数も減らしていくような形で進めていきましょう、とおっしゃってくださいました。

2014年の4月28日にひとつ目のお薬をいただき、6月13日には少し軽いめの?二段階目のお薬をいただきました。

私はもちろん、宇賀神先生にお加持していただきながらも、ちゃんとお医者様のお薬も服用していました。

 

ところが、2つ目のお薬をいただいてすぐでしたか、本当にうっかりと、2泊3日の旅先に持っていきますのを忘れてしまったのです。

ゴールデンウィークに湯治に行けなかった私のために、宇賀神先生が温泉に連れていってくださいました。

「あーっ!お薬忘れたー!!」

と、宿につきましてから思いましたが、時すでに遅し。

まあ、宇賀神先生もいらっしゃるので大丈夫ね、と思って過ごしました。

 

そして、なんと、3日吸わなくても何ともなかったですので、家に帰りました後もそのままやめてしまいました。

 

誤解されませんように申し上げておきたいのですが、私は西洋医学を否定するつもりは毛頭ございません。

宇賀神先生も私自身も、大いにその恩恵を被っていると心から感謝しています。

ただ、西洋医学の得意な分野と、東洋医学の得意な分野と、宇賀神先生のお加持のような特殊な事例があるのだと思っています。

 

そして私の咳喘息のときは、本当にお薬を「うっかりと」忘れたのです。

それでも咳が出なかったですので、もういっか( ̄∇ ̄)!と思ってやめちゃいました。

 

咳喘息も何だかお医者様に定期的にみていただく特定の病気だとかで、お薬を(勝手に)やめました後も、もちろん真面目に病院に通いました。

正直にお医者様に「勝手にお薬やめちゃいましたが、大丈夫みたいです!」とお伝えし、苦笑されつつもしばらく経過観察していただいてました。

その翌月の「鳥を飼いだしました」とのご報告に、「咳喘息の人が動物を飼うことは、(病気が悪化する可能性がありますので)あまり感心しません」と心配してくださいましたが、咳もあまり出ずお薬もないままいられました。

そして数か月がたち、お医者様が心配なさった寒い時期が来ましてもひどくなることはありませんでしたので、晴れてお医者様から“無罪放免”を頂戴したのでした。

 

結局、うやむやのうちに、咳喘息もたった1か月ちょっとで宇賀神先生のお蔭で治ってしまいました、と私は思っています。

お医者様はお薬のお蔭です、とおっしゃるかも知れません。

敢えて争う必要もありませんので、どちらも感謝してその恩恵にあずかるつもりです。

 

ですが、咳喘息を治してくださる時の宇賀神先生の手・・・気持ち良かったなー・・・。

先生の場合は、ふわぁっと優しい氣が入ってくるのが分かります。

背中をさすってくださって、つらい呼吸が楽になっていき、それはそれは涙が出るほど優しい氣でした。

先生の手を持って帰りたいとおっしゃる方達のお気持ちが、身にしみてよく分かりました。

 

合掌

 

追伸:明日から3日間はサンダース号で温泉キャンプに行って参りますので、電源の確保が難しく、ブログ更新はお休みさせていただきます。

また月曜日からは宇賀神先生の大好きなその素晴らしい温泉のリポートをさせていただきます!

宇賀神先生はその温泉に惚れ込んで、通い出されてからもう14年になります。

お楽しみにー♥

うやむやのうちに、なかったことに! その1

宇賀神先生のお得意な?お加持効果の現れ方に、私が命名したのですが、「うやむやのうちに、なかったことに!」と申しますのがございます。

ダイエットの「その一口を無かったことに!」ではありませんが。

 

例えば検査で引っかかったりしまして、再検査までの間に、うやむやのうちに消してしまうのです。

「次の検査までに映った影を消してください!」というようなご依頼です。

“再検査で無罪放免”ということが、宇賀神先生のお加持ではよくあります。

(うちの母の2回目の肺癌のときもそうでした。)

 

今日はその一例の私のアトピーにつきまして。

 

以前に私はアトピー性皮膚炎を持っていますとお伝えしました。

小さい頃にアトピーになっていましたが、中学生の時にはとうに消えておりました。

ですので中学生の時に鳥を飼っていましても、何ともありませんでした。

ですが私が25歳前後の頃、実家で犬を飼うようになって以来、再発しました。

時を同じくして実家の増築もしましたので、私のアレルギー源の条件が揃ったのでしょうか。

私はハウスダストと動物上皮にアレルギーがあります。

今でも家で大片付けなど致しますと、目の周りはかゆくなり、喉と鼻の奥がヒリヒリと痛くなり、手の一部分もかゆくアトピー独特のゴワついたような感じになってきます。

 

ですので、宇賀神先生と結婚しましても、動物など飼うつもりはありませんでした。

それが縁あって来てしまったんですねー、鳥が。

うちに。

そう、昨日お話しました、ぴーちゃんです。

 

そのぴーちゃん、実はとっても可愛げのない鳥(多分ぴーちゃんの実情をご存じの方達は、ここでうんうんと大いに頷かれると思います)なのですが、私にとりましては目に入れても痛くないほど可愛いのです。

もはや自分の子供ですね。

 

そうそう、それとですね、話が少し逸れますが、うちには残念ながら子供がいません。

宇賀神先生はお仕事で、子供がなかなかできないとおっしゃる方達にお加持してこられました。

そして、今まで多くの方達が無事にお子様に恵まれていらっしゃいました。

ですがやはり自分のところのは、なかなかうまくいかないものですね?

私達は今世では子供に恵まれないご縁だったようです。

 

今はもう私の年齢も子供を(自然妊娠で奇跡的にできるということを除きまして)人工授精などで望むには高いと思っていますが、数年前までは私も子供が欲しい欲しいとずっと思っていました。

そんなある日うちにやって来ましたのが、当時はまだヒナ鳥のぴーちゃんです。

「神さま、惜しい!

ニアミスです!

鳥類でなく!!

哺乳類の二足歩行の、全身毛むくじゃらでない子供が欲しかったのですー!!!」

と申し上げたかどうかは別としまして。

その日以来、我が子のように大事に大事に育てています。

 

ですが当然、ぴーちゃんが来た当初は私のアトピーも少しひどくなりました。

どうしてもぴーちゃんのことは可愛く、身体も弱いぴーちゃんを手放すことは考えられません。

 

そこで我らが宇賀神先生のご登場です。

先生は毎日のようにアトピーのケアをしてくださいました。

そして、あれよあれよという間にと申しますよりは何だかうやむやのうちに?、ほとんどお薬を使うこともなく、いつのまにかアトピーはよくなっていました。

 

私の場合は、というただし書きをつけさせていただきますが、

宇賀神先生のお加持と、

肌にいい温泉、

自分で作った緑茶ローション、

乾燥予防のためのワセリン、

たまにオロナイン、

で、症状を抑えることができました。

 

今はもう、オロナインは使う必要もなく、一切のお薬を使っておりません。

ハンドクリーム代わりのオイル(しかも食用)くらいです。

私は肌が弱いのを自覚しておりますので、市販のハンドクリームどころか、市販の(お顔用の)化粧水さえ塗りません。

お化粧自体もここ15年以上、したことない・・・(T―T)

「さすが綾野さん、出家なさっただけあってオンナを捨てていますね?」なーんておっしゃらないでくださいネ。(ToT)

 

今でも大片付けをしました時など、一時的に手などがかゆくなることはあります。

ですが、そのままひどくなることは、ほぼありません。

 

さて、そんな風にアトピーと仲良くつきあいつつも大事に大事にしています、うちのぴーちゃん。

こーんなに山ほどの愛情を注いでいるつもりですのに、時に私を血が出るほどつっついたり、テレビの中の人に向かって威嚇したりと、愛されて育てられたとは到底思えない程のおバカっぷりです。

それでも、親(私)の育て方が悪かっただけで、ぴーちゃんはなぁんにも悪くないからねー( ̄∇ ̄)と、我ながら親バカ全開で今日も「ぴーちゃん大好き♥」なワタクシでした。

 

 

あっ・・・そうでした。

これを書きながら、今の今まで忘れておりました。

ぴーちゃんがうちに来ます2か月ほど前に、私はアトピーどころか、風邪をこじらせて咳喘息とやらにまでなってしまったのでした。(自分の病気を忘れるあたり、なんておマヌケなのでしょう!)

もちろん「動物を飼うことは感心しません」とは、お医者様のお言葉でした。

宇賀神先生には、ぴーちゃんがいながらも、私の咳喘息まで治してもらっていました。

明日は続きまして咳喘息のことをお伝えしたいと思います。

 

合掌

動物だって治しちゃう宇賀神先生

昨日は宇賀神先生の奈良のお寺で勉強会がありました。

うちの勉強会には、先生のように氣によるお加持ができるようになりたい、あるいは先生の楽しいお話を聞いて人生をちょっとラクに?生きたい、と思われる方達がいらしてくださっています。

 

今年からいらしてくださっていますK様は、飼われているワンちゃんを治せるようになりたいと思われまして、ご縁があり勉強会に通いだされました。

そうです、宇賀神先生は人間だけでなく、動物だって治しちゃうのです。

 

K様はとっても賢くて大きいワンちゃんを何頭か飼っていらっしゃいます。

そのうちの一頭、ワンちゃんだからお名前を出してもいいでしょうか、KOBEちゃん(コビーちゃん)がもう10歳を超えます年齢で、息がハァハァと荒く、足もぴょこぴょこと痛そうに歩いていました。

真っ黒なワンちゃんですが、年齢が高くなりますとお口の周りとかに白い毛も混じってくるのですね。

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KOBEちゃん

 

宇賀神先生のところで実際にお加持の方法を習うためには、やはり少なくとも1年は立たないと習えません。

K様はご自身でできるようになられるまでKOBEちゃんの状態が待てませんと、先生にお願いするべく昨日連れてこられました。

 

ワンちゃんも人間と同じ哺乳類ですから、人間と同じように身体をみていきます。

宇賀神先生は、

「骨盤がゆがんでいるから歩きにくいんだね。」

「ほら、尻尾の付け根の骨もこっちへ曲がってるだろ?」

「年で心臓が弱って、息が苦しそうなんだね。」

とおっしゃりながら、ひとつひとつみていかれます。

 

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KOBEちゃんをお加持する宇賀神先生

 

そしてものの15分もたたないうちに、

「はい、これでちょっと歩いてみて。」

とKOBEちゃんに歩いてもらいました。

 

すると、

「あ、歩き方がさっきと全然違う。」

と、K様がおっしゃいました。

そして、息が苦しそうでしたのも、楽になっているようでした。

いつものこのとながら、宇賀神先生のお加持は、鮮やかなお手並みでした。

 

ワンちゃんも、飼っておられる方にとりましては大事な大事なご家族です。

K様はとても喜んでくださいました。

また、その日帰られましてから夜に、

「いつもの“斜め歩き”が治っています。ありがとうございます。」

とK様からご丁寧なメッセージをいただきました。

大事なご家族がよくなられて本当に何よりでした。

 

それにしましても、KOBEちゃん、とっても賢い子でした。

うちにいる間じゅう、ひとつも鳴かないのです。

やはり愛情をもって育てられたワンちゃんは賢くて、人間が大好きで、とってもいい子になるんだなぁと本当に感心しました。

 

それに比べましてうちの鳥「ぴーちゃん」は・・・いえ、子供をよそ様と比べてはいけないのは重々分かっていますが・・・あーんなに山のような愛情を注いで育てたつもりなんですが、ちょっと(かなり)おバカですねぇ。

しかもぴーちゃん、2回も死にそうなところを宇賀神先生に助けてもらいました。

宇賀神先生は命の恩人です。

そうそう、哺乳類どころか、鳥類だって先生は治しちゃいました。

 

そうですね、明日からは動物つながりでうちのぴーちゃんのことや、それに関わる私のアレルギー(私は動物上皮に対してアレルギーを持っています。)のことをお話したいと思います。

どんなにおバカでも、ぴーちゃんはやっぱり目に入れても痛くない(つつかれると痛いです!)ほど可愛い、大事な大事な“うちの子供”なのです♥

 

合掌

 

踊る毘沙門さん

先日は東寺さんの「踊るお不動さん」のことをお伝えしました。

今日は私たちのお寺にいらっしゃる「踊る毘沙門さん(毘沙門天さんのことです)」をご紹介します。

 

その方が、こちら!

bishamon
毘沙門天

 

いえ、何だか・・・嬉しそう?

先日は「本来はきりりとした厳しいお顔をなさっています」とお話

しました。

ですが今朝、宇賀神先生の勉強会のため奈良のうちのお寺に行きまして、毘沙門さんに

「今日のブログに載せようと思いまして、お写真を撮らせていただきます。」

とご挨拶して、スマホを向けました。

すると、どの角度で撮ろうとしましても、どう見ましてもニコニコニコニコなさっているのです。

 

えーっ、どうしよう、きりりとしたお顔・・・と思ったのですが、いつぞやの大掃除の日も、久々に家がキレイになったのを余程喜んでくださったのか、ニッコー!!としてくださった毘沙門さんです。

「そっかー、もしかしてとっても嬉しいんだー」と妙に納得してしまいました。

皆さまからご覧になられましても、いかがでしょう。

立ち姿もこのお写真ではどことなく、楽しそうに踊ってらっしゃるようではないでしょうか?

 

もう一度念のため申し上げますが、うちのお寺の毘沙門さんも、いつもはきりりとした厳しいお顔をなさっています。

その凛々しいお姿をお撮りしようと思ったのですが・・・まあ、これはこれで、いい写真が撮れたかナ♥

 

じつはこの毘沙門さん、宇賀神先生が大阪にいらしてまだ間もない頃、拾われたのです。

 

宇賀神先生の娘さんがまだ小学生の頃、学校からの帰り道に佛様の光背(こうはい・佛様の後光を模したもの)を拾ってこられました。

「これは佛さんの光背だよ。どこで拾ったの?」

と一緒に見に行きますと、彼女が光背を拾った場所の近くに、箱に入れられてこの毘沙門さんが捨てられていたそうです。

 

ご縁があったのかなぁ、と宇賀神先生が毘沙門さんをお祀りしてお経を唱えだしますと・・・踊りだされたそうです。

嬉しそうに両手を揺らして踊られたそうです。

「ああ、だから元の持ち主が怖がって捨てられたんだな」

と先生は思われました。

それ以来うちのお寺に大切にお祀りしています。

 

サイズ的にうちの光明不動尊さんより大きくて、ご本尊様より前にお祀りしていることになるのですが・・・まあ、それにしましても、今日のお写真は嬉しそうですねー!

「法要」とは、そもそも佛様に喜んでいただくために行うもの。

毘沙門さんが、宇賀神先生よろしく「今日はボクが主人公だね!」と喜んでくださって、何よりでした。

いつもお守りくださり、ありがとうございます。

 

合掌

 

 

野獣の回復力 番外編:私のもう一つの宝物

このハガキは、うちにあります冷蔵庫に私が大切に貼っているものです。

毎日、目にします。

thank you
心から感謝を込めて

 

これは何年か前に、心臓の裏に腫瘍ができて、治療の手立てはないとホスピスに通われていましたY様がくださったお土産についていました。

もうY様はこの世にはいらっしゃいません。

宇賀神先生のところへ1週間に1回の割合で通われ、来ると元気になり楽しくお出かけができる、と喜んでくださっていました。

宇賀神先生は、腫瘍を消すことは難しいけれど、せめて生きていらっしゃる間の痛い苦しいを無くしましょう、とお加持なさっていました。

 

たとえご病気そのものを消すことが難しい、お命をお助けすることが難しいと宇賀神先生が申し上げましても、先生のお加持によりお身体が楽になると実感なさるのは、他でもないご相談者様ご本人です。

そのため、皆さま本当に宇賀神先生のことを心の頼りになさってくださいます。

 

そんな、宇賀神先生のことをとても心の頼りにしてくださっていたY様にも、先生がご自身の脳梗塞の話を楽しくご紹介しました。

するとY様が一瞬、今にも泣きだすような、すがるような目で私をご覧になられました。

その目は、

「私をこんなに助けてくれている宇賀神先生を、どうかそんな病気にならないよう助けてあげて」

と訴えられていました。

もちろんそのようなことは一言もおっしゃいませんでしたが、Y様のお心がひしひしと伝わってきました。

私が「すがるような目」を誰かから向けられましたのは、あのときが初めてでした。

宇賀神先生の野獣の回復力に安心しているだけでなく、ちゃんと、健康を保つ努力もしないと。

命がけのご病気でいらしてる方達には、宇賀神先生は本当に“命綱”なんだ、と、改めて身が引き締まる思いでした。

Y様のあの目が、忘れられません。

 

残念ながらY様は亡くなられましたが、亡くなられた後にご遺族様から感謝されました。

宇賀神先生は最後の最後まで、Y様のお苦しみが少しでも減りますようにと、お祈りなさっていました。

 

毎日、見ない日はないY様からいただいたカード。

私の宝物です。

 

合掌

踊るお不動さん

せっかく昨日お不動さんのお話が出ましたので。

5月11日の「密厳国土」の回で、京都の東寺さんにお参りに行ったお話を致しました。

そこで私は“動くお不動さん”にお会いしました。

“踊るお不動さん”と申し上げたほうが、より正確かも知れません。

 

春と秋のそれぞれ2か月程ずつですが、東寺さんで特別公開が催されます。

その期間に公開されます宝物館に、そのお不動さんはいらっしゃいました。

 

通常、展覧会や博物館などで展示されます時は、佛像などは事前に“ご心抜き(ごしんぬき)”とよばれることを施されるようです。

佛様の像から、中身の佛様を抜きだし、ただの木像や石像などとして展示するのです。

ですので、通常ならば“中身のないただの像”のはずなのですが、やはりたま~に、「ああ、佛様がいらっしゃる」と感じます佛像もごさいます。

 

それが今回の宝物館のお不動さんでした。

またいずれご紹介する時がありましたらさせていただきますが、東寺さんでは他にもいらっしゃいました。

もちろんこれは私の感性によるものですので、(例の“受像機の精度の問題”ですね、)他の方が感じられる佛様で、私が感じ得なかったものもあるとは思います。

あるいは私が「いらっしゃる」と感じました佛様も、他の方から見られますと、「何も感じないよ」となるかも知れません。

 

ですが、今回たまたま同じ時に居合わせた見知らぬ一人の女性が、私が感じます佛様と同じところでずっと感慨深げに立っておられて、多分ですがこの女性も何かが見えたりする方なのだなー、と思いました。

 

さて、その東寺さんの宝物館のお不動さんですが、前に立って拝見しますと、何やら左手にお持ちの不空羂索(ふくうけんさく)が揺れていました。

「あれ、空調の風か、入り口からの風で揺れてるのかな?」と思いましたが、周りに風を感じませんでした。

おかしいなー、と思って見ていますと、その不空羂索は揺れているようで、揺れていません。

でもやっぱり揺れている。ように見えます。

そしてよくよく見ますと、お不動さん全体もゆらゆらと揺れていました。

お不動さんの後ろにあります火炎の炎を模したものも、ゆらゆらと申しますか、メラメラと燃えるように揺れています。

「あ、いらっしゃるのかー。」

と思いました。

 

あんまりありがたくて、思わず手を合わせました。

そしてずうっとずうっと真ん前に立って拝見していましたが(その日は空いていました)、その間ずうっとゆらゆらと揺れていらっしゃいました。

これが“踊るお不動さん”なのね、とお会いできてとっても嬉しかったです。

 

実はうちのお寺には、“踊る毘沙門さん”がいらっしゃいます。

宇賀神先生が、「この毘沙門さんはお勤め(お経を読むこと)が始まると踊るんだよー」とおっしゃるのですが、残念ながら私の目には分かりません。

ただ、大掃除の日にニッコリと満面の笑みをなさったのにびっくりしたことはありました。

(本来はきりりとした厳しいお顔をなさっています。)

ぜひ一度楽しそうに踊られているところを拝見したいなー、と思っておりますが、いまだそのご縁に巡り合えずにおります。

 

今週末には奈良のお寺の方で勉強会がありますので、その毘沙門さんのお写真が上手に撮れましたら、ご紹介したいと思います。

この毘沙門さんも、不思議なご縁で宇賀神先生のもとへいらっしゃいました。

 

ところで、この東寺さんの宝物館ですが、1階に今日お話ししましたお不動さんがいらっしゃいまして、2階には先日ご紹介しましたお大師さんの法具や、さらにもの凄い存在感のとっても素晴らしい佛様もいらっしゃいました。

ですのに、ここの警備員さんにお尋ねしましたところ、毎日ここで法要はなさっていらっしゃらないとのことでした。

宝物館という、言うなれば保管庫と同じ扱いだそうです。

年に2回だけ、春と秋の特別公開の始まる日に法要をなさるだけだそうです。

それをお聞きし、とても悲しい気持ちになりました。

他の方も拝観なさっている宝物館で(しかも東寺さんの!)厚かましくも私がお経を読むわけにもいきませんでしたので、その日以来、家でお勤めしますときに東寺さんで巡り合いました佛様たちにもご挨拶申し上げています。

 

信仰とは惚れて惚れて惚れぬくこと。

宇賀神先生から教わったことですが、私はあの日以来、東寺さんでお会いしました佛様たちにも惚れ込んでおります。

ですので毎日ご挨拶申し上げますし、またお会いしに行きたくなるのですね。

 

合掌

信仰とは、惚れて惚れて惚れぬくこと。

「信仰とは、惚れて惚れて惚れぬくことだよ。」

とは、宇賀神先生の口ぐせです。

「わしはお不動さんに惚れぬいているから。」

「深江のお稲荷さんが大好きだから足しげくお参りに行くんだ。」

「お大師さんは天才だ!」

などとも。

 

そうそう、もしかしたらずっとご紹介していなかったかも知れませんが、うちのお寺の名前は、

宗教法人 佛仙道 光明不動寺(ぶっせんどう こうみょうふどうじ)

です。

宇賀神先生が今のお仕事を始めるに際し、一番初めに感得なさったのがお不動さんでした。

しかもそれは、普通のお不動さんとは少し違う様子でいらっしゃいました。

 

お不動さんは“身青黒色(しんしょうこくしき)にして大憤怒の形なり”と言われるように、一般的にはお身体が青黒く、ものすごく怒った怖いお顔で、しかも奴隷の姿をなさっています。

密教的には全ての佛様は、根本佛(こんぽんぶつ)である大日如来(だいにちにょらい)さまがお姿を変えて現れていらっしゃるのだ、と考えられています。

お不動さんは、大日如来さまが身分を落として奴隷のお姿となり、悪い心を改めようとしない衆生を怒ってでも改心させ、縄で縛ってでも佛様の世界に連れていこうとなさっているお姿なのです。

ですので怒った顔をなさっていて、手には不空羂索(ふくうけんさく)という縄をお持ちです。

奴隷の身なりをなさっていますので、お身体の色も青黒く表現されることが多いのです。

 

ですが、宇賀神先生が感得なさったお不動さんは、金色に輝いていたそうです。

日本ターザンに出会って以来、氣に関することを追い求めて、氣を取りそれを練って質・量ともに大きくし、ずっとお修行なさっていた先生にお声を掛けてくださったのが、お不動さんでした。

今から40年程前、この仕事を始められる少し前のことです。

先生が瞑想をなさっていたときに、いつの頃からかピカピカと金色に輝くお不動さんが見えるようになっていたのですって。

そのお不動さんが、ある日お声を掛けてくださいました。

 

「お前、氣を練ったり色々しているが、その先に行こうと思ったら佛教の世界も学ばないといけないな。」

 

宇賀神先生が、

「佛教の世界に行こうと思いましたら、所縁の佛様が必要だそうですね?」

とお答えしますと、

「お前の性格からして、わししかおらんだろう。」

と、おっしゃったそうです。

 

宇賀神先生はこのお仕事を始める前はメチャクチャとも言える生活をなさっていました、と先日お伝えしましたが、よく言えば猛々しい(あんまりよくない?)、悪く言えばとっても乱暴な性格・人生でした。

憤怒の相をなさっているお不動さん。

“わししかおらんだろう”とは、ありがたいお言葉を頂戴しました。

もちろんお不動さんの怖いお顔の下には佛心という無限の慈悲のお心がおありなのですが。

 

そして金色に輝いていらしたお身体から、宇賀神先生はそのお不動さんのことを「光明不動尊」と名づけられました。

それ以来ずっと、お不動さんと二人三脚でお修行をなさってきたそうです。

 

たまにどこかのお寺さんで“黄不動(きふどう)”さまと名づけられたお不動さんがいらっしゃいます。

お身体が黄色に表現されているお不動さんですね。

宇賀神先生は、多分そのお不動さんを感得なさった方も、宇賀神先生と同じように金色に輝くお不動さんを見られたのではないかな、とおっしゃっています。

 

宇賀神先生が39年程前に仙台で今のお仕事を始められるとき、もちろん今のお寺も何もありませんでした。

祭壇も先生が手作りなさったそうです。

そして、宇賀神先生はこの光明不動尊をご自身の手で描かれました。

実は先生は絵がとってもお上手なのですよ。

小学校の時の絵が何年間か栃木県の図工の教科書に採用されたこともあるのですって。

 

こちらが、宇賀神先生の描かれた光明不動尊です。

 

komyofudoson
光明不動尊

 

宇賀神先生は平成元年に大阪に出て来られ、4年後には奈良に宗教法人(お寺)も設立なさり、今ではお寺には金色に輝くお不動さんの像を祀っています。

ですがもちろん、先生の描かれた光明不動尊は今も大事に自宅の祭壇にお祀りしています。

こんなことを言ってはなんですが、憤怒の相をなさりながらも、どこかとってもキュートなお顔ですよね?

そのキュートさに、皆さまも惚れちゃうかも??

 

ちなみに、

「オレに惚れちゃあいけねぇよ?」

とは宇賀神先生の口ぐせです。

大丈夫、多分私以外の人はあんまりホレないと思うよー。

 

ですが、ねぇ、こちらの佛様あちらの神様と、たくさんの神様佛様に惚れ込んでしまう私たちは少々惚れっぽいのでしょうか?

浮気者って言われたらどうしよう( ̄∇ ̄)♥

 

合掌

遠隔の御祈願はどこまで届くのか?時間はどれだけかかるのか?

宇賀神先生のお仕事では、直接先生のところへいらしていただいてお加持させていただく場合と、どうしても来られない方が、あるいはいらした方も直接のお加持にプラスして毎日継続的な御祈願として、私たちが「遠隔の御祈願(お加持)」と呼んでおりますことをご依頼いただく場合がございます。

基本的には毎日の勤行(ごんぎょう/お経を読むこと)の際に、ご依頼いただいた方達の願いを叶えるべく、お祈りするのです。

ご依頼の内容は様々です。

 

例えば、

お身体のことが一番多いですが、ガンや様々な病気平癒。

難病やお聞きしたこともない珍しい病気も多々ございます。

 

また例えば、お店や会社をお持ちの方は商売繁盛。

お仕事がうまくいきますようにと、ご依頼くださいます。

宇賀神先生はお仕事に関するご相談にもよく乗られています。

と申しますのも、先生はお若い頃(このお仕事を始める前)は、メチャクチャとも言える生活を送っていらっしゃいましたので、色々な職業をご存知で、また色々な経験もお持ちです。

この頭のどこにそんな知識が、というほどの知恵と経験と、そしてもちろん霊感とで、お仕事のご相談にもよく応じていらっしゃいます。

その際は現実世界に重きを置いたところに立脚して色々をお考えになりますので、とても現実的なアドバイスを提示なさいます。

 

また例えば、つい先月の変わりどころ(?)のご依頼では、ご相談者さまの娘さんがストーカーかなと思うような人につきまとわれているようで怖い、とおっしゃる方がいらっしゃいました。

宇賀神先生が御祈願をお引き受けして1か月ほどたちましたところ、その方が今日いらしてくださって、もうそのストーカーかと思われる人が現れなくなりましたとご報告くださいました。

要は先生はストーカーに対して“足止め”をかけたことになります。

もちろん先生はその人の顔も名前も知りません。

ですが、効きました。

 

さて、この「遠隔の御祈願」、どこまで効き目が届くのか?と申しますと、「地球の裏側までも」が答えです。

実際にオーストラリアやカナダなど、遠くの国にお住まいの方からご依頼を受け、ちゃんと効果がありました。

 

そしてもちろん即効性もあります。

 

ある時は、夜中の12時にイタリアから国際電話がかかってきました。

その方は日本人で、とあるスポーツの分野でオリンピックのメダルも取られたことのある方でした。

その方がそのスポーツのシニアの世界大会に出られるためイタリアに行っておいででしたが、あと3時間で試合というときに、体調を崩され足がつってしまわれたとお電話くださいました。

そこで宇賀神先生が寝起きの目をこすりながらお加持(御祈願)なさり、5分もかからないうちにその場でその方の足がつったのも体調も治され、またすぐ眠りにつかれました。

 

そしてその方がご帰国後、その世界大会で第2位になられたとお話しくださいました。

現役時代もオリンピックの銀メダル、シニアの世界大会でも第2位でしたね、と宇賀神先生と笑っておられました。

 

まあ、大阪から日本国内にお住まいの方々に遠隔の御祈願が届くのですから、それがたとえ世界に広がろうとも何の区別もないと、宇賀神先生はお考えです。

ひとつ試してみたいのは、宇宙にも届くのか?ということだそう。

誰か月や火星から遠隔の御祈願を依頼してくれないかな、と待ち焦がれていらっしゃるのですが・・・残念ながら宇宙飛行士に知り合いはいませんねぇ。

人工衛星程度でしたら地球1周の円周より短い距離のようですし、もう少し遠くからで。

誰か頼んでくれないかな?

 

合掌

 

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霊に敏感なことはアレルギーに似ている?

私は、霊が見えるイコール霊に敏感であるというのはある意味、アレルギーと似ているな、と思います。

 

私は実はアトピーです。

(もちろん宇賀神先生に治してもらっていますので、今は症状がひどくなることは殆どありません。)

数年前検査を受けましたら、ハウスダストや動物上皮にアレルギーを持っているそうです。

私の身体はこれらのものに敏感なのです。

そして、これらのものに弱いのです。

それと同じで、霊に敏感な方は、霊に弱いことが多いなと感じています。

 

例えば私は以前とある葬儀場で、片方のエレベーターに乗りましても何ともないのですが、もう片方のエレベーターは乗りますとピリピリと突き刺さるような嫌な空気に包まれて、二度とそちらのエレベーターは使わなかった、ということがありました。

多分、ご遺体を運ぶのにはこちらのエレベーターを使うのかな、と思いました。

ですが、霊感などこれっぽちもありませんとおっしゃる方は、平気でそのエレベーターに乗られます。

ということは、私は霊感の全くない方より「弱い」と言えませんでしょうか。

 

行動を制限されるのです。

目に見えない存在に。

なんだか損をしていますね?

 

また、じつは東京に行きますときも、2回に1回の割合で私は(霊による)頭痛に悩まされます。

東京は素晴らしい日本の首都で風水により繁栄した街ですが、過去には大勢の人が亡くなった土地でもあるのです。

たとえば関東大震災や東京大空襲です。

 

出張先が上野公園の近くなのですが、上野公園内にあります不忍池は、実は東京大空襲のときに大勢の人が水を求めて避難なさり、そして命を落とされた場所でもあります。

ある敏感な方は「ガソリンの臭いがする」とおっしゃいました。

宇賀神先生が「それは焼夷弾の焼ける臭いだね」と即答なさいました。

 

霊は、ある人には目に見え、時には臭いがしたりもします。

先生は霊臭(れいしゅう)とおっしゃっています。

大概はいい臭いではありません。

その人が生前使っていらしたポマードやタバコの臭い、お線香や腐った水の臭いなどです。

 

宇賀神先生のすごいところは、ありとあらゆる雑多な知識をお持ちで、それが霊感と結びついて役立つのです。

ガソリンの臭いがするとおっしゃった方は、それが本物の臭いではなく霊の臭いだとは思われましたが、何故ガソリンの臭いなのかは分かられなかったのです。

宇賀神先生は知識としてそれが焼夷弾の臭いだとご存知でしたので、すぐにピンとこられたのです。

焼夷弾の燃料がガソリン(とケロシンの混合物)だったなんて、よく知ってたねー。

戦後生まれのクセに、戦前派かと思うくらいにお詳しい。

と申しますより、もしかして戊辰戦争まで知ってたらどうしよう、と時々不安になります。

だって(街中)仙人だもんねぇ。

いったいいつから生きておられるのか。(いえいえ、戦後ですってば。)

 

そのようなことはさておき、

宇賀神先生は霊感がおありですのに、霊にはめっぽうお強いです。

本人いわく、「霊のほうがわしを怖がって逃げていく」そうです。

いいですねー。

そして頭痛を起こしている私に向って「修行が足りん!」と笑われます。

返す言葉もございませんです、ハイ。

もちろん私の頭が痛くなりましたときは、ちゃんと霊障がないように祓ってくださいます。

 

ですが、今まで私はこれほどまでに敏感でもなかったのですけど、ここのところ急に色々を感じとりやすくなってきました。

どうやらお修行のし始めには、こんな風になることもあるようです。

私はのんびりしすぎるほどのトロさですからねー、お修行の進み具合もまたしかり、です。

いったい何年弟子をしていますのやら。

どうせなら宇賀神先生みたいに強くありたいものです。

 

合掌

 

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