宇賀神先生が佛様の国に旅立たれて間もない頃から、私はずっとひとつの怖れを抱いていました。
「宇賀神先生のことを、忘れてしまいそう。」
という怖れです。
初めの頃はあまりにも突然の悲しい出来事で、宇賀神先生が亡くなる前は一体どんな日常を送っていたのか思い出せない、とショックを受けておりました。
日々のご飯はどんなものを食べていのか、朝起きるときはどんなだったか、昼間の会話はどんなことを話していたのか、というような日常のささいなことが思い出せず、痴呆にでもなってしまったのかと嘆いておりました。
今でもはっきりと思い出せているわけではないかも知れません。
ただ、日常って、何気なく過ごしているのが日常というものでしたら、毎日のすべてを鮮明に覚えているというものでもないのではと、自分自身を慰めております。
ですが、それにしましても思い出そうとするといまだに記憶にぼんやりともやがかかったようにも感じられ、思い出せないというより、このまま忘れていってしまうのではないかと怯えております。
以前に「幸せのレシピ」という映画を見たことがありますが、その映画の中でお母さんを早くに亡くした小さな女の子が「ママのこと忘れそう。」と言って泣くシーンがありました。
すごく分かる、と思いました。
時がたつにつれてどんどん記憶が薄くなっていき、愛する人が過去のものとなり、とっても大事な思い出まですべて、愛しているという気持ちでさえすべて、忘れてしまいそうだという怖れを抱いているのです。
それはまるで、二度失うのと同じこと。
一度目は否応なく引き裂かれてしまった大事な人を、今度は自分の心と頭が忘れてしまうことによってもう一度奪われてしまうような、そんな恐怖感があります。
私自身のせいで、もう一度失ってしまう。
いやだ。
そんなの絶対にいやだ!、と心の中で叫んでいます。
あの突然の悲しい出来事以来ずっと、私はこの二度失うという恐怖に怯えながら生きております。
そんななか、数日前からなぜかある曲をどうしても聞きたくなって、何度も繰り返し聞くようになっておりました。
それはSKID ROWというバンドの、私が大学生の頃に弟のCDを借りてよく聞いた、「I REMEMBER YOU」という曲でした。
SKID ROWは今は昔懐かしのヘビーメタルバンドで、ですがこの曲は美しいバラードなのです。
私はヘビメタバンドのバラードが結構好きでしたねぇ。
音が重厚、というのでしょうか、なのに優しいメロディーで、大好きでした。
そしてここ数日この曲を何度も聞いていて、今更ながらふと、この歌詞は「I remember you」じゃないかと気がつきました。(しかも題名もそのままだよ。)
I remember you、つまり、「私は貴方のことを覚えている」という意味です。
曲のサビの部分で何度も何度も繰り返し、
“Remember yesterday – walking hand in hand”
「あの日を思い出して、手をつないで歩いたね」
“I remember you”
「僕は君のことを覚えているよ」
“I’d wanna hear you say – I remember you”
「君が言ってくれるのを聞きたい―『貴方のことを覚えている』と」
と歌われています。
これって、もう30年ほども前に聞いていたこの曲をまた急に聞きたくなったのは、もしかしたら宇賀神先生からのメッセージだったのでは・・・そう思うと、また泣けてきました。
この曲はどうやら別れた恋人への切ない思いを歌ったものですが、生と死に分けられた、宇賀神先生と私の境遇にも重なるような気がして、泣けてきました。
そうか、宇賀神先生は私が弱気になって宇賀神先生のことを忘れてしまったらどうしようと怯えて泣くのではなく、「覚えているよ」と言って、安心して生きていてほしいのか。
混乱したような、つらい思いにとらわれずに、ちゃんと綾野は覚えているから大丈夫、と言ってくれているのか。
そう伝えて、慰めてくれているのではと、そんな風に思えて、泣けてきました。
きっと私の「忘れてしまうのかも」という怖れは、宇賀神先生のことを大好きだからこそ感じている恐怖なのでしょう。
愛するがゆえに、失うのが怖いのです。
しかも二度も。
そんな自分で作りだした恐怖に自ら怯えなくても、大丈夫だから、安心して生きていてほしい。
「覚えているよ」と言ってくれていたら大丈夫。
少なくとも、宇賀神先生は私のことを覚えているから大丈夫。
歌のメッセージと重なって、そう何度も繰り返し慰めていてくれるような、そんな気がいたしました。
また、他にもこの歌の中に私の思いに重なる部分があって。
「僕達はつらい時期を経験したけれど、それは僕達が払った代償だった。」
そう、宇賀神先生との日々が幸せだったからこそ尚一層、私は今とても寂しくて悲しくてつらい思いをしているよ。
「それでもずっと、僕達は交わした約束を守り続けてきた。誓うよ、君は決して孤独にはならない。」
宇賀神先生は生前、死んでもずっと私と一緒にいると言ってくれてた。
綾野さんに背後霊のようにひっついて、寄ってくる男を追っ払うんだ、って言ってくれてた。
約束、してくれたよね。
あの約束をちゃんと守ってくれていると信じているから。
歌って、いいなぁ。
30年近くたって、好きだったこの曲に慰められる日が来るとは思いもよりませんでした。
また忘れてしまいそうな恐怖がひどく襲ってきたときは、この曲を聞いて大丈夫って自分に言い聞かせればいいのかな。
いつも宇賀神先生は大丈夫と言って安心させてくれていたから。
今もきっとそうだから、その声をたくさん受け止められるようになりたいと思っています。
いつも優しく包んでくれている宇賀神先生の思いを、ずっと感じていられますように。
合掌