先週末は湯峰温泉におりました。
「氣」のパワーの充電に、行きました。
(参照:湯峰温泉 その1、その2、その3、その4、美味しいオススメ、熊野本宮大社さん)
湯峰温泉では、前々回の台風20号の被害の方が大きかったようです。
すぐ近くの川湯温泉も川の水が溢れて、宿が浸水したりと大変だったそうです。
湯峰の東光寺さんの奥様にお聞きしました。
なんと悲しいことに、湯峰温泉の一番有名な「つぼ湯」の湯小屋の壁が流されてしまったとかで、建て直されているところでした。
宇賀神先生と私にとりましては、思い出のつぼ湯の建物がなくなり、寂しい限りです。
このお湯には、助けてもらいましたー(T-T)
湯小屋を支える四隅の柱から取り壊しておられるところでした。
作業をしている方の、ちょうど左腰の奥に、岩で仕切られた「つぼ湯」が見えますでしょうか?
人が1~2人浸かるのがやっとの大きさです。
文字通り「つぼ」のような湯舟の底から、熱いお湯が湧いてきます。
湯峰に伝わる小栗判官と照手姫伝説を頼む一心で、ここに通い、氣を取り戻し、宇賀神先生は大病から復活なさいました。
今から15年ほど前の話です。
いつものように、東光寺さんの湯胸薬師さまにご挨拶いたします。
もちろん、一緒に祀られておいでのお不動さんにも。
こちらのお不動さんは、とっても凛々しいお顔をなさっています。
東寺さんの仏師をなさっていた方が彫られ、しばらくは熊野本宮大社さんにも祀られていらしたそうです。
ここ東光寺さんは天台宗のお寺さんですが、東寺さんはもちろん真言宗です。
様々なご縁を経て、こちらにいらしたのですね。
凛々しいお顔を写真に撮ることは気が引けますのでブログには載せられませんが、ぜひ一度ご尊顔を拝しに行かれることをおすすめいたします。
とてもパワフルなお不動さんです。
ちなみに、お不動さんの脇におられる矜羯羅童子(こんがらどうじ)と制多迦童子(せいたかどうじ)も、とてもキュートでいらっしゃいますよ♥
ところで、氣の充電(吐納導引)に関する宇賀神先生の実感としまして、「こまめなメンテナンス」が大事だなぁと、特に感じる今日この頃のようです。
宇賀神先生の不思議な力の原点は、何と申しましても「氣」。
この一語につきます。
子供の頃に「日本ターザン」に出会われ、氣という存在に初めて触れられたときから、やがて密教に出会ったあとも、氣が根源的なエネルギーであるという感覚には変わりありません。
(参照:「氣」という概念その1 & その2)
ですが、若い時は汲めども尽きぬ泉のように、どこから来るのかと不思議なほど身体から溢れ出ていた氣の力も、年とともに衰えることは否めません。
もちろん、その氣を使いこなす技術は衰えるのではなく、ますます熟達なさっています。
例えて申しますなら、量から質へ、というところでしょうか。
さらに、氣を土台に密教の作法や神佛のご加護と、氣だけでは測ることのできない尺度の世界にも、目を開かれました。
それでも。
それでも、やはり。
宇賀神先生は、ご自身でも
「わしは氣・一元論者だから。」
と、原点である氣への強い思いと、やはり実際の体感がございます。
ですので、自然の作用として年齢とともに氣の力が衰えますなら、それを上回るほどに氣を取り入れ、体内で練り(これを気功と言います)、量と質を共に高めなければなりません。
宇賀神先生はこのことを、
「氣・一元論者なら、蓄氣参養(ちくきさんよう)は、一生しなければならない。」
とおっしゃっています。
蓄氣参養とは、氣の吐納導引(氣を体内に取り入れて練る)のことのようですが、パソコンの漢字の変換では出てきませんね。
ということで(?)、
今週末もまた、多分どこかの温泉地へ♥
サンダース号に乗って参りますv(^-^)v
ようやく涼しくなってきて、車中泊を楽しめる季節がやって来ました。
ただ車中泊で連泊となりますと、パソコンの電池が途中で尽きてしまうのが悩みです。
あ、そうですね、氣の充電も、パソコンの充電と同じでしょうか?
新品のうちはパソコンの充電池も一度充電しますと長時間もっておりましたが、数年で電池の「持ち」も悪くなりますね。
こまめな充電が必要になります。
人間の身体も、機械も、似たようなものですね。
こまめなリセット。
こまめな充電。
こまめなメンテナンス。
経年とともに、尚のこと。
大事ですねぇ。
自分の身体もこまめにリセット(ちゃんと睡眠とか♥)してあげようっと!
ということで(!)、明日のために今日も寝る←私の大好きな言葉です( ̄∇ ̄)ことといたします。
では皆さん、よい夢を♥
合掌