「ちなみに私は『ご飯』の氣が見えるときがあります。」
と、昨日の記事の最後に書きました。
すると、フェイスブックを通じてお一人の方が、「ご飯の氣 気になります」とおっしゃってくださり♥
喜んで早速今日お話させていただくことにしました。
ご飯の氣は、ある日突然見えるようになりました。
ご飯と申しますのは、炊いたお米のことです。
あれは忘れもしない、何年も前の有馬温泉での出来事でした。
その日はなんと有り難いことに、知り合いの方から宇賀神先生とともに有馬温泉へのご招待を受けました。
当時はまだ忘年会も有馬でしておらず、私にとりましては初めての有馬宿泊でした。
もちろん有馬温泉は関西でも高級で有名な温泉ですから、お湯のみならず、その時のお宿で出していただいたお料理も、とても美味しゅうございました。
宿泊した翌朝、朝ご飯を皆でいただいたのですが、そのとき出されたご飯(お米)が、それはそれは綺麗な緑色に光っていました。
例えるなら、宝石の翡翠(ひすい)のような、淡く美しいグリーンでした。
まさに、この腕輪のような色でした。
この写真の中央あたりの、(一番薄いところよりは少し濃い色の)内側から光るようなグリーン色です。
真っ白なはずのご飯が緑色に見えるなんて、思ってもみませんでした。
「あっ!緑色に光ってる!!」
と、思わず小さい声で叫んだほどです。
「えっ!?」
と、ご招待くださった方がびっくりして覗きこまれましたが・・・やはり白色にしか見えないそうでした。
そしてそのご飯をいただきますと、まあー美味しいのなんのって!
お米って、こんなに美味しいものだったかしら、と涙が出そうでした。
何杯もおかわりしましたよ・・・だって、お茶事の懐石料理のように、お茶椀の底にほんの少ししかよそってくださらないんですもの(T-T)
もう、恥ずかしいなんて言わずに、ここぞとばかりにおかわりしましたv( ̄∇ ̄)v
多分、6回以上はしましたね!
お店の人も「よく恥ずかし気もなくオカワリ、オカワリって・・・。」と内心笑っておられたのではないでしょうか。
3回目以降は、目が合うだけで「はい。(オカワリですね)」と、理解してくださっていましたから。
いやもう本当に、見栄なんて構ってられないくらいの美味しさでした。
ちなみに、そのご飯は今ではあまり見ない分厚い木のふたの羽釜で炊いておられました。
それ以来、なぜかご飯が緑色に光って見えるときがあります。
そのときは必ずそのご飯がとてつもなく美味しいので、緑色のご飯が出されたときは、内心ガッツポーズしております。
もちろん緑色でなくても美味しいときもありますが、今まで緑色でハズレだったときは一度もありません。
あの日を境に、急に見えるようになりました。
このお話を以前、あまり不思議ごとに馴染みのない父に話しました時、
「そう言えばずっと前、船宿で晩ご飯に食べたお弁当のエビフライの尻尾が、夜中に目が覚めたときに緑色に光ってたことがあったわ。
キレイに光ってたけど、懐中電灯をつけると光ってなかったわ。
不思議やったなー。」
と、父がのたまいました。
お父さん、それは腐敗して光っているのよー( ̄∇ ̄;)
間違っても食べちゃダメですよー( ̄∇ ̄)
って言うか、それ、疑似餌にしたらお魚釣れたんじゃ?
・・・父も、私にとりましては奇跡のようなヒトです♥
ところで、冒頭のフェイスブックでリクエストくださった方とは、以前に宇賀神先生と両親と乗鞍高原に参りましたときに宿泊しました、「ペンション サウスコル」の方です♥
(SPIRITUAL(スピリチュアル)は案外身近なところに。)
乗鞍高原温泉は先生も大好きな温泉ですが、サウスコルさんは温泉もいいうえに、お料理もとっても美味しいのです!
もう何度かお世話になっております。
思い出しますのは、
槙ストーブと大きな木の椅子、
きっと子供も大喜び、大人も大好きミートパイ、
サーモンの美味しすぎるソテー、
オカワリしたかったポタージュ、
朝の焼きたてパン、
・・・あ、イケマセン、ヨダレが・・・( ̄∇¡ ̄)
(私のカメラの中にお食事の写真がなかったのが残念です。よろしければ、サウスコルさんのHPをググってみてください(^-^)美味しそうなお料理の写真が見られます♥)
最近、お食事が美味しすぎますと、何故か「うふふふ♥」と、笑いがとまらなくなることが多くなりました。
きっとこれは食べ物の「美味しい氣」の作用を強く受けるせいね!(決してワタクシが食いしん坊だからではないわん)と、思っております。
氣の感じ方には色々あると思います。
色として見える、光として見える(視覚)
熱く感じる、冷たく感じる、ピリピリ感じる、(皮膚感覚)
匂いを感じる(嗅覚)
「うふふ♥」「わくわく♥」「心がホワッとする♥」などと嬉しくなる(気分)
などなど。
人それぞれですし、その時々にもよると思います。
もちろん「生きるためのエネルギーとして、身体の底から湧き上がってくる」という風に感じることもあるでしょうね。
氣とは、根源的なものですから。
ちなみに、今日お話しましたご飯(お米)の氣ですが、自分の家で炊いたときも、同じお米を使っておりましても、緑色に光る(そして、とても美味しい)ときと、そうでない普通のときがございます。
丁寧に育てられたいいお米、などという素材に由来することに限定されているのでもないのでしょうか。
研ぎ方?炊き方?それとも愛情の込め方??
何が作用して緑色に光るときとそうでないときがあるのかは分かりません。
まあ、あまり突き詰める気もないのが本音ですね。
(家でのご飯は毎回美味しく炊きたいものですが。)
宇賀神先生は、こんな風に氣を色々な形で感じることを「感性の問題」と、いつもおっしゃいます。
感性なので人それぞれで、「正しい・間違っている」と議論することでもないですし、また、それに心を強く囚われるべきでもない、というのが先生の持論です。
「ああ、キレイな景色を見たなー」くらいの気持ちで、目の前を通り過ぎさせていくのが、不思議ごとの世界を軽やかに生きていくコツのようです。
ですが、やはり、どうせ見るならキレイな景色で、うふふ♥とたくさん幸せを感じながら楽しく生きていきたいものです。
ということで、宇賀神先生に、このブログを通じて「またサウスコルさんに連れて行ってー。」と、暗に?リクエストをお送りすることにいたしますね!v(^-^)v
合掌