今までに何度か宇賀神弁財天(うがじんべんざいてん)さまのことを、言葉ではご説明してまいりましたが、そう言えば画像をお見せしたことがなかったかしらと思いまして、本日特別大公開!いたします。
こちらは、東京は上野にございます、「東京国立博物館」に展示されている宇賀神弁財天さまです。
とっても綺麗なお顔でしょう?
説明書きも下に載せますね。
字がきれいに読めますでしょうか?
「とぐろを巻いた蛇のからだに老人の顔をつける宇賀神を頭上にいただく」と説明されております。
最古の作例ですって!
鎌倉時代のものが、こんなに綺麗に残っているなんて。
ちょっとアップで。
そして、弁天さまの頭上の「宇賀神さま」を、超アップで撮ってみました。
長いあごひげを生やしたおじいさんの顔が、見えますでしょうか?
まさに、宇賀神先生のお顔のよう!
何だか不思議な符合にびっくりしてしまいます。
ちなみに関西は琵琶湖の竹生島(ちくぶしま)は、実はこの宇賀神弁財天さまの聖地でもありまして、そこの弁天さまの頭上には鳥居とともに宇賀神さまが乗っておられました。
「神さまon神さま」ですね。
実は宇賀神さまの起源は更に古くからあるらしく、なんと縄文時代の遺跡からも、とぐろを巻いた蛇の身体に老人の顔を持つ神さまを頭上に乗せた女性の土偶が発見されているそうです。
それが長い歴史のなか、後にインドから伝わってきた川(水)を司る「サラサヴァティ」という神さまと重なり、弁財天さまと呼ばれるようになり、宇賀神弁財天さまとなったようです。
なぜ川を司る神さまと結びつけられたのかと申しますと、蛇の長細い身体が、川の流れのイメージと重なったからではないかとの推測です。
また、蛇は龍のイメージとも結び付けられますが、龍もそもそも水と関係が深いですものね。
今は弁天さまを七福神の神さまとしてご存じの方は多いですが、宇賀神弁財天さまとして認識なさっている方は、そんなに多くはないようですね。
時代の流れとともに注目を浴びて人気が出たり、知る人ぞ知るという存在になられたり、神様も芸能人のようです。
さて、そんな蛇の身体をもつ宇賀神さまですが、その神さまと同じ名前を持つ宇賀神先生(ちなみに、本名です。)は、実は蛇が大の苦手なのです!
先日の四天王寺さんのお話で、
「『今度の秋に来たら蛇を首に巻いたげる』っておじさんが言ってくれたよー!
秋に一緒に行こうヨ♥」
と宇賀神先生を誘いますと、
「わしは絶っっっ対!行かん!!!!!」
と、断固拒否されてしまいました。
そんな名前持ってるクセにねぇ。
仕方がないので、ワタクシ一人で行くとしますか。
ただ面白いのが、そんな蛇が大の苦手の宇賀神先生が一度マムシに遭遇なさったことがあるそうなのです。(面白く・・・ないですね。コワイですね。)
それは、宇賀神先生がこの仕事を始められ、まだ仙台に住んでおられた頃のことです。
よく山中のお滝場やお堂などで、お一人でお修行しておられました。
当時のお修行とは、身体の鍛錬から密教の行法、瞑想など、色々を自分なりに考えられ、されていたのですって。
ある日、福島県の山中の洞窟(壁に石の佛様が彫られていた霊場だそうです)で座禅を組み、目をつぶって静かに瞑想なさっていたときのことです。
ふと何かの気配を感じ、着ていた作務衣の上着の裾をそ~っと持ち上げますと、なんとそこにはとぐろを巻いた1匹のマムシが・・・!!
マムシって、噛まれたら死ぬやん(T-T)
毒持ってるやん(T-T)(ToT)
内心、
「ひーえーーー!!!」
と思いながらも、そこはいざというときの肝はすわった宇賀神先生、マムシを刺激しないように、そろ~~っと身体を動かし、後ずさりしながらマムシから離れ、見事脱出に成功なさったのですって。
よく、蛇が大嫌いなのに冷静に対処できましたねー。
人生初の「蛇タッチ」をこわごわながらもしようと思えた私でも、もしそんな場面に遭遇しましたらその瞬間にパニックにおちいり、慌てて動いてマムシにガブリと噛まれてしまうのがオチですね!
100%、噛まれる自信あります!(そんな自信持ってどうするー。(T-T))
「マムシ相手にそんな対処ができたんやったら、四天王寺さんで白蛇を首に巻いてもらっても大丈夫やって!
ブログ用に写真撮りに行こ♥」
と申し上げましても、
「絶対に行かん!」
そうです。
ざんねーん( ̄∇ ̄)
ということで、蛇の身体を持つ神さまと同じ名前をしているくせに、蛇が大の苦手な宇賀神先生でした♥
*****
(オマケ)
神さまではなく、人間の宇賀神先生@お花見。
大好きなお酒をお供え?してもらって嬉しそう。
「かんながらのみち」と言う言葉があり、色々な意味を含む言葉のようですが、宇賀神先生はその言葉を「神さまのように生きること」ととらえておられます。
「神さまが人々の幸せを願われるように、人々の幸せを願う」ととらえておられます。
もちろん名前は神さまと同じ名字をお持ちですが、神さまの存在からは遥かにほど遠いご性格の宇賀神先生。
でこぼこの性格のため、なかなかこの世を上手く渡れずにいた若かりし頃。(されど顔で運命は決まる その1)
そして、たったひとつの才能だけでようやくこの世をなんとか泳いでいくことを覚えた宇賀神先生。(でこぼこの才能)
ですが、その神さまからほど遠い存在の人間が、神さまのように生きようと懸命に思うことこそが尊い、と私は思います。
痛みを知らない人間には、人様の痛みは理解できないですものね?
完璧ではなく、欠けているからこそ、人は美しいのだと思います。
先生の袖に、桜の花が遊びにきてくれました♥
合掌