当時20代後半でいらした宇賀神先生が街を歩いておられますと、突然、白いヒゲのおじいさんが声をかけてこられました。
「お兄さん、ケンカ強いんだ。」
会ったこともない人にいきなりそんな事を言われてびっくりなさいましたが、もちろん腕におぼえのある宇賀神先生は、
「はぁ、まあ強いですよ。」
と、答えられました。
するとそのおじいさんは、
「自分で言うほどなんだから、よほどなんだろう。
でもね、そんな顔して歩いてると、いつかは誰かに刺されて死ぬよ。
世の中に、バカと気違いと間違いはあるからね。」
と、おっしゃったそうです。
そのときふと宇賀神先生の脳裏に浮かびましたのは、それよりずいぶん以前に亡くなられた「力道山」さんのことでした。
プロレスで有名な力道山さんでしたが、お酒が入り暴れていた素人さんをいさめようとして逆にお腹を刺され、結果としてそれがもとで腹膜炎を起こされて亡くなられたのですとか。
格闘技のプロも何の間違いか、時には素人に殺されるのです。
「世の中にバカと気違いと間違いはある。」
と、そのおじいさんはおっしゃいました。
お酒が入り、人を殺めてしまう。
格闘技のプロが素人に殺められる。
なんとも、バカや間違いの一言では片づけられない事態ですね。
そして、さらにおじいさんは続けられました。
「それに、あんたは運も良くないね。
始終ケンカして会社もやめるんだ。
運がないから金もない。
当然、女にもモテない。
パチンコも運がないから勝てないだろ。」
宇賀神先生にまったく面識のなかったおじいさんは、ものの見事に先生の現状を言い当てられました。
本当に、おじいさんのおっしゃる通りの生活だったのです。
そしてその不満、怒りを、街でケンカをして憂さ晴らしなさっていたような毎日でした。
宇賀神先生は自分のすさんだ現状を言い当てられ、腹が立つより驚かれました。
「えー?」
と、どうしてこの人には分かるんだろうと首をかしげておりましたら、その白いヒゲのおじいさんは、さらにこうもおっしゃいました。
「でもね、あんたはね、これが激しい。」
そうおっしゃりながら、手のひらを上に向けたり下に返したりを繰り返されます。
「あることをきちんとやったら、あんたの運命はガラッと変わるよ。」
と。
それは何かと申しますと・・・
「まず、その顔やめな。
そんな目で人をにらみつけて。
そんなにアゴを引いて人をにらみつけながら歩くんじゃないよ。
もう少しアゴを上げて、にっこり笑って楽しいことを考えながら歩きなよ。
いい顔をするようになったら、あんたの運命はガラッと変わるよ。
良くなるよ。」
おじいさんは、そう断言なさいました。
その当時、街で人とぶつかってはケンカばかりなさっていた宇賀神先生でしたが、なぜかこの初対面のおじいさんに「運が悪いだろう」とまでズバリ言い当てられましても、不思議と腹が立ちませんでした。
このおじいさんに、
「はぁ、どうも、ありがとうございます。」
と素直に答えて、別れられたそうです。
別に威圧的でもない、かと言って変な小細工をしかける小者のようでもない、
不思議な存在感のあるおじいさんだったそうです。
心が荒れていた宇賀神先生が素直にお礼を言ってしまったくらいの、形容しがたい何かを感じさせる人物だったようです。
さて、家に帰られた宇賀神先生、さっそく鏡を取りだしてご自身の顔をまじまじとご覧になられました。
するとびっくり、
「自分でもムッときて『このヤロー!』ってケンカをふっかけたいくらい、嫌な顔つきだった。」
そうです。
そして納得されました。
たしかに、こんな顔をして歩いてたら始終ケンカになるのかも知れない、と。
自分でも見ているだけで腹が立つような嫌な顔だった、と。
きっと、他人が見ても「なぜか腹が立つ顔」なんだろう、と。
本当に、当時は「外に出たらケンカになるもの」と思われてたくらい、休みの日は「パチンコとケンカと酒」ばかりだったそうです。
「なんでこんなにケンカになるのかな」
という思いも忘れてしまっていたくらい、当たり前のことになっていたんですって。
そして、なぜかそのおじいさんのおっしゃることを素直に聞こうと思われた宇賀神先生は、鏡を片手にニッコリ笑ってみました。
「ひえーっ!」
あまりの恐ろしさに再びびっくり。
ニッコリしても顔がこわばっていて、もっと怖いくらいなのです!
まるで、ターミネーター2(または「ジェネシス」)に登場するシュワルツェネッガーさんのようです。
笑顔を知らない殺人マシンのターミネーターは、ジョン・コナー(「ジェネシス」ではサラ・コナー)に教えられ、笑顔の練習をするのですが・・・どうもその表情は、笑顔からは程遠く。
「笑顔って、どんなだったかな・・・。」
さあ、その日から、宇賀神先生の訓練が始まりました。
ひとつ事を思い立たれると、毎日粛々と続けられる宇賀神先生。
来る日も来る日も鏡を片手に「笑顔」の練習をなさいました。
そしてしばらく時がたち、鏡の中の笑顔がコワくなくなった頃、空手道場の生徒さんや周りの人達から怖がられず、逆に慕われるようになってきたことに気づかれました。
(その3へつづく)
合掌