蛇のたたり、ではなく、宗教的催眠術。

件の女性の変貌ぶりが「蛇の祟り」のせいではないとすると、一体あの現象はなんだったのでしょうか?

宇賀神先生は、

「それはね、『宗教的催眠術』だと思うね。」

と、おっしゃっています。

 

あの女性は、当時大流行しておりました、駅で「浄霊させてください。」と声をかけられる、かの宗教団体の信者さんでいらしたそうです。

そこではまず信者になるよう誘い込むために、教団に来た人に霊を降ろしたり、またその霊を浄霊したりしていたようです。

その方法とは・・・

 

まず、信者さんに手を合掌させ、中指の付け根の「真点」とやらをギューっと力強く押し合わせ、その手を額の高さに上げさせて、祝詞(のりと)を聞かせ、その間ずっと手を合わせたままお祈りさせます。

長い間お祈りしていますと、段々と手がプルプル震えだしてきて、「そぉ~ら!霊が降りて来た!!」と教団の人に言われるのです。

そうしますと、その降りて来た霊が信者さんの口を借りて色々なことを話しだすのです。

本人の意思に関わりなく。

そして、ひとしきり話を聞きますと、教団の人が、霊が降りている信者さんの額のところに手をかざし、

「おしずまり!おしずまり!」

と言って、霊を鎮める(浄霊する)のです。

そのようなことを繰り返していたそうです。

 

霊を降ろされた(憑依させられた)人は、そのことを「自分には特別な力があるから、こうして霊が降りてくるんだ」と勘違いし、信者になります。

それこそ自分を厳しい修行を経たイタコか何かのように思うようなものでしょうか。

そして、何度も「霊降ろし→浄霊」を繰り返し、段々と降りてくる霊も格の高い?すごい霊となっていき、ますます自分の霊能力は特別なものとなっている、と勘違いし、信者としてのめり込んでいきます。

 

ところが、宇賀神先生いわく、

「それは霊でも何でもなく、ただの催眠術、暗示だよ。

力を込めて両手を合わせて額の高さにずっと上げててみな。

終いにはしんどくて手がプルプルと震えだすから。

それを利用しただけ。

これは、『運動制御』っていう暗示の方法の一種だよ。

手を上げていたら、自分の意に反して手がプルプルと震えだす。

自分には動かすつもりなんかないのに、と思ってびっくりしているときに、『そ~ら!霊が降りて来た!』って言われると、それが本当だって思い込んでしまうんだ。」

 

「顕在意識(けんざいいしき)と潜在意識(せんざいいしき)って聞いたことあるだろ。

あれを、例えば丸い地球の北半球と南半球のような位置関係に例えてみるんだ。

その地球が水に浮いているとして、赤道のところがちょうど水面で、いつもは南半球にあたる潜在意識は水面下にある。

つまり無意識層だ。

そして普段は北半球にあたる顕在意識(通常の物事を考える意識・理性)は水面上にある。(写真の中の図①)

subconsciousness
潜在意識と顕在意識

宗教的な祈りや儀式に没頭していると、段々と頭がボーッとなって、クルッと地球が回転するような形で、理性的な顕在意識が下に沈んでしまうんだ。(図②)

理性があまり役に立たなくなる。

そうすると、『霊が降りて来た』という言葉の暗示にかかりやすくなり、自分に霊が降りて来たと思い込むんだ。

そして『自分は降りて来た霊だ』と信じ込んで、潜在意識の中の知識を総動員して色々をしゃべりだすんだな。

つまり、自分で霊を作りだしてしまうんだ。

そして『おしずまり!』と暗示を解かれると、もと(図①)に戻る。」

 

「ところが、こんな暗示、催眠術を何度も何度も繰り返していると、あるとき南半球にあたる潜在意識が水面下に戻りきらなくなるんだ。

そしてちょうど水面上に北半球(顕在意識)と南半球(潜在意識)が、半分ずつ出ている状態のままになる。(図③)

素人が催眠術をほどきそこなった瞬間だな。

半分理性が働くから、ご飯を食べたりとかある程度の日常生活はできるけど、ずっと『憑依現象』のような状態も続く。

もう戻らない。

あのときの娘さんの状態がそれだ。」

 

「わしはあのときあの娘さんからは、取り憑いている霊は感じられなかった。

だからこれは蛇の霊の祟りなんかではなく、ただの宗教的催眠術が元に戻らなくなっただけなんだと思ったんだよ。」

 

「それにもうひとつ言うと、農家の人は蛇を殺さない。

それどころか、稲に悪さをするねずみやモグラを食べてくれるとして、守り神扱いしてるよ。

わしのおばちゃん家が農家だったから、よく知ってる。

そもそも言ってること自体が作り話の嘘っぱちだな。」

 

「だから、わしはあのとき、催眠術をほどいたんだ。

『蛇は祟るのに、どうしてうなぎは祟らない?』

って聞いて、あの娘さんが

『へっ?』

と考えた瞬間、つまり、顕在意識(理性)と潜在意識が半々だったところから、少しだけ理性が勝った瞬間、『喝ーっ!』って氣合いをかけて元に戻したんだ。

うまいもんだろ?」

 

催眠術・・・ねぇ。

たしかに、催眠術にかかっていますと、人は驚くような力を発揮したりする、とは聞いたこともございますが。

だから宇賀神先生のお話の中の女性も、ずっと欄間にぶら下がっていられたのでしょうか。

それにしましても、すごい力です。

 

またこのことは、宇賀神先生がその娘さんからは霊の存在を感じられなかった、という確信を持ってらっしゃったからこそ、できる対処でしたね。

うら若き女性が下着も丸見えで欄間にぶら下がり、恐ろし気な声でうめいておりますと、「マジで霊がついてるかも・・・!」と私なら思っちゃいますね。

宇賀神先生はその様子を目の当たりになさいましても、「霊ではない」という感覚と、「農家の人は蛇を殺さない」という知識とで、対処なさいました。

宇賀神先生のすごいなぁ、と思いますところは、色々な場面で、

理性のみでなく、

また、

感覚(霊感)のみでなく、

判断なさり、

その両方でもって事の対処にあたられることです。

ですので、人様にはいつも地に足のついた現実的なアドバイスをなされるのかなぁ、といつも感心しています。

 

そして、氣合い術は身体のことだけでなく、精神的なことにも作用を及ぼすのですね。

宇賀神先生の氣合い一閃で、娘さんの宗教的催眠術とやらは見事に解かれました。

 

残念ながら今回のお話は日本人の大好きな怪談話(蛇の祟り)ではありませんでしたが、ある意味では、怪談話より怖い話です。

霊などが起こす災いよりも、人間(の欲望)が起こす災いのほうが、よほど恐ろしい、と思います。

目に見えない世界に興味を持つ人(私も含めまして)は特に、このことを忘れないようにしないと、といつも思います。

でないと、足元をすくわれかねません。

 

そして何を隠そう、うなぎの祟りが恐いのは、実はこの人だったりして・・・?

今年は贅沢に食べすぎですよー( ̄∇ ̄)v

kaneyo
「かねよ」さんの錦糸重

 

そう言えば『饅頭怖い』っていう落語がありましたねぇ。

宇賀神先生は「うなぎが怖い♥うなぎが怖い♥」そうです。

 

 

***

お知らせ申し上げます。

また金曜日から湯峰温泉(電源がないところ)に氣をとりに行ってまいります。

これから年末にかけましては特に、金曜日~日曜日にお寺のほうの仕事も入りがちになりますので、週の後半はブログ更新ができない週がほとんどになると思います。

また、このように「出かけます」って書くと防犯上よくないよ~、ってアドバイスをいただきました!

ほんとですねー!

と申しますことで、これからは、お断りせずにブログ更新を休む日も多々増えると思いますが、なにとぞご了承くださいませ。

その分、書ける日は充実した内容のものをお届けできますよう、励みます!

これからも何卒よろしくお願いいたします。

 

合掌