宇賀神先生が初めて「氣」というものを使い、ご自身を治し、さらに思いがけず人様まで治してしまったときのお話をいたしましょう。
これは先生が高野山で阿闍梨になられる遥か以前のお話です。
これがまた、マンガみたいな、本当のお話。
今から39年ほど前、当時の宇賀神先生は30歳、まだ会社勤めをなさっていて、空手の師範やボディビルもなさっていて、筋骨隆々の若さ溢れるお身体でした。
(後列の真ん中が宇賀神先生です。)
ところが当時のお仕事は重たいお砂糖を運ぶ重労働。
しかも力があるのをいいことに、30kgを3袋、計90kgものお砂糖を一度に運ぶようなお仕事をなさっていました。
そんな無茶なお身体の使い方をしていたものですから、当然支障をきたし、ある日突然ひどい腰痛に見舞われて、立つことすらつらい状態になってしまいました。
そして整形外科や鍼灸師さん、接骨院など、何軒ものところに行きましたが、その腰痛は一向によくなりませんでした。
果ては拝み屋さん(今の先生のように、神様や佛様に拝んで病気平癒を祈る人ですね。東北にはその文化が色濃く残っているようです。)まで行かれたそうです。
ですが、何の変化も起きません。
絶望の淵に立たれた宇賀神先生、自分はこのまま一生立つのも困難な身体でいるのかと、嘆き悲しまれました。
宇賀神先生はどうすることもできず、痛みに苦しみながら家で寝ておられました。
ふと目を覚ましますと、誰かが宇賀神先生の頭を後ろから押さえています。
それだけでなく、背中も誰かに押さえられていました。
あれっと思って目を見開きますと、なんと布団に寝ている自分自身が見えるではありませんか。
先生は宙に浮いて、天井と壁に頭と背中を押し付けるようにしていたのです。
そして、眼下にもう一人の自分を見下ろしていました。
そのもう一人の自分が布団の上に寝ころんだまま、足をバタンバタンと大きく動かして身体をひねり、奇妙な動き方をしていたそうです。
自分自身は天井付近に浮いたまま、下に降りることも叶わず、もう一人の自分は寝たまま天井側の自分自身に気づず、変な動き方をしている。
もしかしたらこのまま死ぬのかも。
と、宇賀神先生は急に怖くなりました。
その途端、先生の意識は布団の中の寝ている自分に戻りました。
驚いたことに、起き上がりますと、寝る前までひどく自分を苦しめていた腰痛が消えていました。
さっきの眼下の自分がしていた動きで腰痛が治ったのか。
天井に浮かんでいた自分は、世に言う幽体離脱(ゆうたいりだつ)をしていたのか。
と、宇賀神先生は、その不思議を解明したい気持ちでいっぱいになりました。
小学5年生のときに日本ターザンに出会い、「氣」というもののすごさを知り、それを自分なりに追求して高めてきてはいたものの、具体的に氣を人生上に活かす手段も知り得ないままこの時まできました。
(詳しくは“「氣」という概念 – Qi Power あるいは日本ターザンとの出会い その1・その2)
幽体離脱しましたことと、氣を操ることと、どんなふうに関係があるのでしょうか。
あの身体の動きと、人生を絶望してしまうほどの腰痛が治りましたことと、どんな関係があるのでしょうか。
具体的なことは何も分かりませんでしたが、自分なりに氣に関して追い求めてきましたことと、その日の出来事とは関連があるような気がしてなりませんでした。
そしてますます、氣というものに心ひかれました。
(その2につづく)
合掌